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一つの人格ごとに国家と中央銀行と宇宙を持つ自由を与える

すべての情報に通貨の機能を加える方法と、なんでそれをしなければいけないのかという解説。

自然文とプログラミング言語をどうやって橋渡しするのか?

コンピューターに思った通りに入力できれば一番楽しい。

「N回 ~ を繰り返してください。」

と命令して、


for(i = 0, i++ ,i < n){ ~~ };

と書ければ一番いい。

でも日本語にはいろいろな言い方があり過ぎる。

プログラミング言語にももちろん同じことを書くのにいろいろな方法があるが、バリエーションはそれほどでもない。

英語に似せてプログラミングする競争などありますがそういったところから一歩前進したいと考えている。

「N回 ~ を繰り返してください。」
という文章を一つの行として DBに登録して、それを操作する必要がある。

個別要素 
1 N回  

2 ~~ 

3 繰り返してください。 
に分解して、

for文を自然文で書くクラス
その実体である 「N回 ~ を繰り返してください。」という文章
それの個別の要素(プロパティー)がその実体に対して設定されていることを示す必要がある。

プログラマーは クラスをnew して メンバ変数を設定してという風に書くけれども、知らない人は、「N回 ~ を繰り返してください。」と文章を書く。

プログラマーとは、ノンプログラマーが思いついた文章を、プログラミング言語に翻訳する人のことだ。
 本物のプログラマーであれば、プログラミング言語を使って頭の中で考え、足りたいところを自然言語で考えるが、そうなるためには、自然言語から簡単に対応づけられるようになる必要がある。

 

プログラミング言語と自然言語の翻訳 - Google 図形描画

下の方のプログラミングよりの考え方をだんだん覚えていく必要がある。
移行するときには、中間部分の分け方をお約束として覚えるのではなく、一番下の方まで俯瞰した上で途中を考える必要がある。
俗に言う、フレームワーク病というのは、途中までしか考えない病である。便利になるというのはある意味そういうことなんだけれども、思い出そうとすればすぐに思い出せるが、途中までしかとりあえず見ていないというのが理想である。

 是をやるのが何で難しいかというと、今考えていることを分解したときに、分解された要素と元の要素がどのように結びついているのかということをどのような規則で表現するか決めることが難しいからだ。

 インスタンスと 分解した自然文をどのように関連づけるのか?

緑の線で書いてあるようにいちいち結びつけないとインスタンスとして認識しないのではなく、ただ単純にインスタンスと分解した自然文を対応づければいいのか?

1 N回  

2 ~~ 

3 繰り返してください。 

この三つを点でばらばらに分解して、これは繰り返し型であるとインスタンスを作って、この三つと実体を関連づければ、勝手にこの三つの関連性がオブジェクト指向風に関連づけられるという処理を書くのが面倒である。
 激しく議論をするときはこのように書くことが必要だが、そこに市場があるのかわからない。しかし、自分の考えを示すためには必要であると考えているし、文系の論文は全部このような形式で書くべきだと思っている。

 この激しい議論という定義も書いた瞬間に図のように分解された形にしていく人が欲しい。特に、経営者などリーダーは自分が書いた自然文をオブジェクト指向に書き直して、みんなに意図が解釈の幅なく伝えたいと思っているはず。ムハンマドは、書いたクルアーンアラビア語でしか解釈してはいけないとしていたけれども、これからの時代は、こうやって書いた自然文をいろいろな人が分解して、できるだけ解釈の幅のない、数学的な整合性のある言語に翻訳して、別の言語を話す人はそこから生成された図を見て考えるようにした方が絶対にいい。 単語の一対一の対応関係は今の翻訳精度で十分だし、どの単語かというのをこのように関係性を明示することでよりコンピューターが認識しやすくなる。

 

 議論クラスの激しさと穏やかさを表すプロパティーの変化によってどのような書き方が必要なのかを導く関数と それぞれが極大だったときの条件などを設定する必要がある。その関数は、自然言語でかい手もいいと思っている。 プログラミングといえば、徹頭徹尾プログラミング言語で書かなくてはいけないと考えられているが、「激しい」とは意見の隔たりが大きく、相互理解が難しい状態と定義するところぐらいは自然言語で書いておいて、「わからなければ後で書きます」としておけば良い。

 今人工知能で苦労しているのは、難しさというのを全員がわかる絶対の真理として受け入れられるように表現できる関数を作り出そうとしているからだ。そうではなくて、難しさというのをみんなで共有しようとしたら、各の難しいという感覚を少しずつ集めてグループにしておくことをとりあえずの目標とした方がいい。それは物理学で言うところの、大統一理論を作るんじゃなくて、感覚にはいろいろな種類があって、感覚同士はは定量的に換算不能であるが、それはそれで論理的であるという認識で何とかなるような文章を表示する道具が必要とされていると言うことだ。

 難しさというのは、きわめて主観的な評価であるが、特定の環境に限ってはほとんどの人間が同じように感じることができる。たとえば、何かを持ち上げるのは多少の力の差はあれども、クレーン車よりも力持ちの人間はいない。力の差はあっても、平均的な人間とか、それでもだめなら、何歳ぐらいの男とかでもっと同じような尺度にできる。

 人間というのは、その時々に合わせて言葉の定義を変えられる。言葉の定義を標準化しないと、いちいちその場に合わせて定義を作らなければならないから非常に面倒である。人とコミュニケーションするには相手と言葉の定義を一緒にする必要があり、それが面倒なら、最初から一緒にしてしまえという標準化という考え方とその都度合わせる面倒さをなくしていきましょうという考えがある。

 お金で善し悪しを評価するというのは標準化の一種であるが、私はその逆を強くする金融技術とは逆のコミュニケーション技術の発展を実現したい。今はメンバ変数の数が一致したら、IDのセルが緑に変わるようにだけしてあるが、それだけじゃ使う気にならないんだよなぁ。

 

 「良い」という単純な評価を可視化しようとして行き詰まっているのが今の通貨だとしたら、これから発展する可能性があるのは、それ以外の評価同士の関連性をオブジェクト指向で記述した大きな数学的に矛盾しない複数の評価同士の関係性を記述した評価体系である。

 お金はいちいち何がいくらかというのを示すのが面倒だったから、自分で大事なものを持っておいて相手の持っているものが欲しかったら差し出すという常識を集めて市場というものを作って、それを見てみんながお金で言うと是はどれぐらいするのだろうと考えて標準化していた。でも、いまは、何がいくらなのかをいちいち可視化することも大して負担ではなくなってきた。しかし、それだけでは、独自のローカルな評価体系が育つまもなく、金融市場という超巨大な嵐がやってきて、根こそぎそれらを破壊してしまってきた。今必要なのは、金融市場という超巨大な嵐の影響を全く受けないでゆっくり育てる必要がある。
 金融の嵐はいくら強大でもいいだろうと思うかもしれないが、一度通貨圏に取り込んだとしても、そこで儲からなければ通貨圏から外れてしまう。今は石油が非常に珍重されているが、そのうち石炭並みに値段が下がってしまうこともありえる。そうなったら、石油を掘るためだけにしか使えない労働者のスキルは通貨圏から切り離される。

 石油を掘るために必要な知識同士が評価され、一つの評価体系として、巨大な金融市場からの評価がなくても存在することができていれば、暴騰暴落を経ても正規湯のプロとして、石油専門の評価体系によって生きていくことができる。石油を掘ることが実生活に役に立たないように見えても、その知識体系が必要だという人はいるし、それを作るのに参加したい人はたくさんいる。暴落時には本当にその専門分野の人に善し悪しを判定してもらいたい人が専門家の生活をさせるだろう。石油プラントを動かす人から見たプラントの作り方の善し悪しやその考え方、石油だけではなくほかの巨大プラントに応用できるから、石油がある日突然必要なくなっても、金だけで評価されるよりはもっと丁寧なコミュニケーションができる。金のみのコミュニケーションでは、自分の考えた良い巨大プラントの作り方が石油プラントを作っていた人に認められているかと評価されていることを伝えることはできない。石油プラントの技術者は金を持っているわけではないし、別の巨大プラントを作る人間に投資すれば儲かるかはわからない。ただ単純に、技術の善し悪しがわかるだけなので、金を持っている人間に認められてはじめてお金によって評価できる。しかし、お金によって伝えられるのは「良い」という一言だけである。石油の技術者から見て良いプラントの作り方であるとか、石油プラントを作る哲学のどの点を応用しているから良いといえるというのを伝えることはできない。お金を通じてコミュニケーションする限り、動物の鳴き声以下のただ単純な快感を感じたらビープ音を出すロボット同士がしゃべることになってしまう。
 
 この図で言うところの矢印に意味的な重み付けと誰がどれだけ何回その重みを動かすことができるのかを決定することで、全ての関係性を通貨のように取引することが可能になり、それによって通貨で複雑な考えを伝えることができるようになる。

 きっとそうすることができると考えているし、それを一刻も早く実現したいと思って、考え方を整理するためにこのような文章を書いている。書いたことによって一歩前進しているはずだ。