一つの人格ごとに国家と中央銀行と宇宙を持つ自由を与える

すべての情報に通貨の機能を加える方法と、なんでそれをしなければいけないのかという解説。

寡占市場で客は搾取される。搾取されないために通貨を使えるようにだれでも自分の通貨を相手に使ってもらえる道具が必要だ。

 私にとって 市場が寡占でないか判断する基準は、その商品を使わないことを選択できるかどうか?である。情報を整理するためのプロトコルである通貨も、その競争原理にさらされなければ、競争が不正になる。

 なぜ、通貨のみが一方的にその地位を認められてきたかというと、寡占すればするほど、常に多数の利用者にとって便利であるからだ。通貨は加減乗除さえできれば扱うことができ意味が変化しないがゆえに、加減乗除で定量的に両替可能な範囲を増やすことで必ず全員が利益を受けられると思い込みやすかった。

 定量的に両替可能な範囲で一つの通貨と数えると私は考えます。理由は、現在人類にとって一番プロトコルを扱う技術を一箇所に集中可能のプロトコルは数学表現なので、その支配可能範囲が、完全競争 - Wikipediaこの一つの原子だと考える。

 複数のプロトコルが存在可能なろ領域で寡占が発生すると、そのプロトコルに適応しない人間は、使いたいプロトコルを創りだして参入する障壁が非常に高くなる。したがって、既存のプロトコルの管理者が、それに適応しない人間にも便利に扱えるようにする努力をする必要がなくなってしまう。

 以上の理由から、定量的ではない通貨同士の両替手段を確立して、通貨の管理者同士の自由競争市場を創らなければ、基軸通貨を使うだけで、寡占市場を形成して、不正な競争のもとに搾取する人間になってしまう。そのような人間が逆の立場になった時に、虐げられて搾取されても文句は言えないだろう。僕はそうなりたくない。

 また、自分の価値を全て通貨として流通させて、楽して利益を得たいなら、発行者同士の自由競争を目指すべきである。